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2014年2月28日金曜日

【伝説のベーシスト】Hosoiを胸に。

あれは中学時代、隣町に、住むHosoi、ryunosuke、su、とFacemanは出会ったね。BOYのまりこちゃんを作詞作曲して、ボーカルに誘ってくれたよね。

高校に入り、取手らへんの公民館的な所だったり、豊四季アライブ、新宿の知らないコバコでLIVEをしたよね。思い出してきた。

三人の方向性を無視し、自分勝手な歌詞を作成して、みんなを困らせた筈なのに、みんなはきんちゃんを立てて、regretという曲を創りました。ただ自分のエゴで。

そんなエゴを積み重ね、時代は過ぎ自然と消滅。テイクアウォークというバンド名だったような。

数年後、本人と意思とは別にヤクザになっちゃったヤツに聞いた。
【Hosoi自殺したって。】




広告代理店をやっていた彼はバカ儲けをして、失敗して、自分で命を立ちやがった。馬鹿野郎!!!何故にげなかったんだ!!!



そんな押し付けがましい自分の涙、身体が自然とベース購入へと。命名しました。【Hosoi】



このベースはどのような音を奏でてくれるのかな?そして時が来たら、また御披露目したいな。Regret again bat... 伝説のベーシストを想い、捧げたい。

2014年2月25日火曜日

【世界一のコーチングアンソニーロビンズ】の教えを考察

1 安定・安心。平穏な毎日を送りたいというニーズ。
2 バラエティ。変化に富んでいたり、違うことをしたいというニーズ。
3 自己重要感。人から認められたい、人前で注目を浴びたいというニーズ。
4 愛とつながり。人から必要とされたい、愛される存在でいたいというニーズ。
5 成長。もっと高いレベルに行きたい、次のステップに進みたいというニーズ。
6 貢献。人に何かを与え、喜んでもらいたいというニーズ。



以前の自分の優先順位は 3>6>5>4>2>1  しかし、コーチング後 6>2>5>4>3>1 それはしっかりとしたアンソニーの教えにより気付かされた。恥ずかしいが泣いてしまった。この内容を伝えるのは自分の口からにしたいと思う。

1 stability and peace of mind. Needs to want to send a peaceful every day.
2 variety. Needs to want to do it or not varied, it is not.
3 self-important sense. Needs and want to be recognized by people, who want a lot of attention in public.
Ties with love 4. Needs should be needed from the people, that want to be there to be loved.
5 growth. Needs you want to go to a higher level, to want to go to the next step.
6 contribution. Needs to give something to people, to want you pleased.

However 3> 6> 5> 4> 2> 1 priority of his previous, was reminded by the teachings of Anthony with a solid coaching after 6> 2> 5> 4> 3> 1 it. Embarrassed, but it was cried. I think it convey the contents you want to from your mouth.


2014年2月23日日曜日

【自己紹介】人生要点まとめ

佐藤貴紀^_^33歳。176.61。通称ゴリ、きんちゃん。ガキンチョ、父が会津若松、母が岩手新花巻がルーツ。三兄妹末っ子。ギャグと下ネタが好きな下品経営者です。決して下衆ではない。赤塚不二夫さん大好き。

こんな九州美人さんと結婚したいんです。お願いします!お願いします!!


人の土俵にたつのが大好き!勝負だぜ!的な!不正はあまり好きではない。フェアじゃないとわかると、ふて腐れる。少年時代、学校の相撲大会で優勝して、きんちゃんになる。筋肉きんちゃん。

小学時代、硬式野球流山クラブで全国大会ベスト4メンバー。初戦守備ヘタクソ少年です!のためベンチスタート。一打逆転の場面できんちゃん代打。そこで前日の手配ミスか何かで、Fコーチと合い部屋、そこで打撃練習、部屋練習。そして、その打席で逆転三塁打。三塁でガッツポーズしようとしたら、靴下ずり落ちててカッコ悪し。流山市長にチームは表彰されるけど、一個下まさかの先輩超え、全国優勝。先輩を立てなさい!と云いたいが、天才がたくさんいたね。まさかと思ったけど、彼らならなーとも。ふふふー。

中学は絵に描いた漫画の影響、バスケスタート。ありがとうスラムダンク。バスケがしたいです!バスケチームも地元に作ろう^_^東葛地区MVP。けど先生との方向性の違い、ちょいグレ反抗期の為、部活辞める。そこで親友から沢山のことを学ぶ。ありがとうM君。今でも君の事を忘れてないよ!

高校は軽音楽部、2コ上のグリーンディコピーに感激!即行動入部。2コ上引退後、チョイぐれゴリは1コ上と喧嘩。部室から締めだす。本当に申し訳ないと思います。当時の方に会う事が叶うのなら、謝りたい。夢を奪ってごめんなさいと。

大学は流通経済大学へ。高校卒業前に進路が決まらず悩み苦しんでいた。本当に苦しかった。孤独なゴリ少年は、誰にも相談出来なかった。そこでポッとパンフが。英語論文が事前に送られ、翻訳すれば受かる試験。これならと猛勉強。当時の英語の先生を捕まえて、助けてくださいと陳情。その先生はとにかく付き合ってくれた。思い出したら涙が今、止まらないです。本当に感謝。

しかし、経営学部に行きつまらないと思ってしまい半年で退学。その時もちょいグレ。ギャル男。決してイケメンではないギャル男。

大学当時に株式会社とは的な作文をクラスで発表して、それが生きています。ものすごく。

あー、疲れてきたのでまたつづくー。





【お金がたくさんあれば森さん後援会長】になりたーい。

https://www.facebook.com/gori.satou/posts/537555276341677

東京オリンピック・パラリンピック組織委員会会長の森喜朗元総理が2月20日(木)に福岡市で行った講演での発言につきまして、TBSラジオ「荻上チキ・Session-22」のニュースコーナーで言及した部分を、前後の文脈を含めて書き起しましたので、掲載致します。

『第262回「毎日・世論フォーラム」』より

■ソチオリンピック視察

森喜朗です。少し寝不足ですが私も。一昨昨日ですか、ソチから帰ってきたばかりでもあります。ソチというのは、とても良いとこです。しかし、足の回りが非常に悪いんですね。ロシアっていう国は、サービス精神がよくない国なんですね。もともと長い間社会主義国ですから。来たけりゃ来いよという感じです。モスクワから飛行機で2時間もちょっとすればソチへ行くんですけど、モスクワに着いても、モスクワからの接続便がないんですね。サンクトペテルブルク行ったり、あるいはいくつかの都市を通って行ったり、なかなかその日のうちに着かないんですね。計画的にわざと時間を接続させてないんじゃないかなと。そこに皆で泊まれば、そちらでお金が落ちますから。そうしてんじゃないかなということを思うぐらい、連絡の便がとても悪いですね。悪いんです。まあ、うまく乗り合わせても、27時間ぐらいかかりますね。東京からソチに着くまで。

私は5日の日に行きまして、開会式臨んで、いくつかの会議をやって。何しろオリンピックの役員になって、新参者でありますので、ご挨拶が多かったんですが、あちらこちらみなさんにご挨拶をして帰ってきました。もう一遍、またこれ3月に入りますと、パラリンピックがあります。このほうも行けという命令なんです。オリンピックだけ行ってますと、組織委員会の会長は健常者の競技だけ行ってて、障害者のほうをおろそかにしてるんだと。こういう風に言われるといけませんので。ソチへまた行けと言うんですね。今また、その日程組んでおるんですけど、「ああ、また20何時間以上も時間かけて行くのかな」と思うと、ほんとに暗いですね。

そう言いながら昨年は私は、前後大体12回誘致のためにあちらこちら行ってきました。12回と言いましたが、全部1泊3日とか、2泊4日だとか、最後のブエノスアイレスの会議の直前に行ったクェートなどは、0泊3日です。0泊3日というのは行けるんです。いっぺんも泊まらないということは、寝るときは全部飛行機の中とこういうことでしょうね。こういうことを12回ほど続けましたけども、皆さんが「時差はどうですか?時差はどうですか?」といいますけども、そういう短い旅は、案外時差は関係ないんですね。

よく冗談で言うんですが、「海の上を歩く方法がある」と。右足が沈む前に左足上げて、左足が沈む前に右足上げれば、海の上歩けるじゃないかという理屈になるんだけども。それと同じように向こうに着いても、そこの国のリズムにぴったりならなきゃいいんです。染まりそうになったら、すぐ帰ってくればいいわけですから、時差にはならないんですね。だから全然疲れなかった。

今度は、なんと5泊も向こうで泊まりました。完全にソチのリズムになってしまいまして、日本へ帰ってきたらめっぽうくたびれちゃって、疲れてしまうんですね。1日たっぷり寝たぐらいでありますが、今度はテレビがいつもメインの試合は夜になるんです。しかもたいがい、12時過ぎて、1時過ぎ。明け方までやるという。これを見てると結局また徹夜ということになります。

これも先ほど皆さんともお話をしておったんですが、なぜ日本はこんな時間になるかというと、オリンピックの中継は、BBCであるとか、CBCであるとか、そういう放送局に専属で売りつけるわけですね。それはもう、本当に考えもつかないほど巨額な金ですよ。大変なお金が(...※聞き取れず)。その放送局が一番自分の国に、一番いいゴールデンアワーのときに放送を流すということになるんですね。すると、開催地のスポーツをやれる時間と併せますとね、結局日本はいつも、ソチそのものから見れば時差が5時間ですから、そんな大きな隔たりはないんですけど、いつも夜中の1時頃からゲームを見て、なんか結論が出るのが3時だとか4時だとか5時だとか。


■フィギュア浅田真央選手について

今朝も真央ちゃんが最後ひっくり返った時は、4時だったと覚えておりますが。皆さんそれご覧になると、それまでずーっと真央ちゃんがまだ30番目で一番あとだったもんだから。ずーっと皆見てるわけでしょ、あれ。ショートプログラムだから、1回何分かな。3分半くらいかな。そんなもんだったと思いますけど、それ全部やって一番最後に真央ちゃん。なんとか頑張ってくれと思って皆見ておられたんだろうと思いますが、見事にひっくり返っちゃいましたね。あの子、大事なときには必ず転ぶんですよね。なんでなんだろうなと。

僕もソチ行って、開会式の翌日に団体戦がありましてね、あれはね、出なきゃよかったんですよ日本は。あれは色んな種目があって、それを団体戦で。特にペアでやるアイスダンスっていうんですかね。あれ日本にできる人はいないんですね。あのご兄弟は、アメリカに住んでおられるんだと思います確か。ハーフ。お母さんが日本人で、お父さんがアメリカ人なのかな。そのご兄弟がやっておられるから、まだオリンピックに出るだけの力量ではなかったんだということですが、日本にはいないもんですから、あの方を日本に帰化させて日本の選手団で出して、点数が全然とれなかった。

あともう皆ダメで、せめて浅田さんが出れば3回転半をすると、3回転半をする女性がいないというので、彼女が出て3回転半をすると、ひょっとすると3位になれるかもしれないという淡い気持ちでね。浅田さんを出したんですが。また見事にひっくり返っちゃいまして、結局、団体戦も惨敗を喫したという。

その傷が浅田さんに残ってたとしたら、ものすごくかわいそうな話なんですね。団体戦負けるとわかってる、団体戦に何も浅田さんを出して、恥かかせることなかったと思うんですよね。その、転んだということが心にやっぱ残ってますから、今度自分の本番のきのうの夜はですね、昨日というか今朝の明け方は、なんとしても転んじゃいかんという気持ちが強く出てたんだと思いますね。いい回転をされてましたけど、ちょっと勢いが強すぎたでしょうかね。ちょっと転んで手をついてしました。だからそういうふうにちょっと運が悪かったなと思って見ております。


■ソチオリンピックでの日本人選手の成績について

総じて見てますとね...今日はオリンピックの話するつもりじゃなかったんですけど、司会者がたくみにオリンピックに誘導したもんですから。(会場ちょっと笑い)竹内さんという女性がボードで2位になりました。あれ見てたら完全優勝なんですよね。転んだんですね。もったいないことしました。ですが、彼女にしても、非常に大胆であっけらかんとしてますよね。あれ日本の中で規律と規制とかなんとかに囲まれた中でやってたという感じはなくて、あの子は自分で勝手にカナダかスイスかどっかに出かけて行って、向こうの人たちの中に入って練習して、あそこへ伸ばしたんですね。

だからそういう意味で、非常になんというか明るくやってますね。非常に自由奔放にやってるという感じで。本番の時にはそういうのは強いですね。スキーの連中見ましても、41歳の彼も、もう7回目だというし、負けて当たり前だという気持ちでやってますから、非常に自由にのびのびとしてて、日ごろの国内でやってる練習よりもいい記録を出せる。逆に新しく初めてになったやつはガチガチになっちゃっててですね、思ったほどの記録が出てこないということでしょう。それから男の子の15歳の子と18歳ですか、二人が銀と胴とりました。あれもスノーボードですか。なんかおもしろい、ああいうのは僕らの時代なかったですよ。サーカスみたいな。

あれも自分たちで勝手に、日本でやってても面白くないからアメリカでやってるんですね。アメリカとかカナダでやっているわけですね。そういうのがふぁっと出てきて、すっと優勝さらっていってしまう。日本の連盟にも登録してやったろうかなと思うくらいの名前も聞いたことないような若者が出てきて、さーっと世界と堂々と戦っていくなんていうのを見てると、どうも日本の各競技団体のやり方が本当に正しいのかどうか。もっと自由奔放にやらせたほうがいいのかなという感じもいたしますが。幸いメダルは、さきよりも、もう2個ばかり多くなった。7つぐらい取れたんでしょうか。このままうまくいけば、あと3つぐらい取れるのかもしれない。そうすれば10個ぐらい取れてくるのかなと、こう思って期待をしております。


■東京オリンピックと自身の年齢について

あの~、何を話しするかまだ頭のなか、整理つかないんですけども、先ほどもちょっと懇談をしてたんで。私はもう政治家じゃないのでね。政治家をやめてしまいましてもう2年以上も経っちゃいました。ですから一、むしろ私人であり、一スポーツ人であると私は思っております。

よく言われるんですよ。日本のマスコミ、今日も沢山来てますが、大体マスコミっていうのは、意地が悪いですよ。その人を絶対ほめそやさないでなんとかケチつけてやろうと必ず思っている人が多いんですね。大体平均してですよ。今日はどうかわかりません。そうするとね、私がオリンピック組織委員会の会長になったというと、なんかつっついてやろうと思うけど、つっつく材料がないから一番先に言うのは、「あなたオリンピックまで生きてるんですか?」といわれる。(会場笑い)

これは一番、非常にいい質問ですよね。ソチでもやっぱりそれ聞かれましたよ。随分ご高齢ですがと言われるんです。オリンピックの、スポーツ選手もそうだし、オリンピックの役員もそうですが、年齢制限あるんですかと。どっかに「70歳以上はダメ」と書いてあるんですかと。書いてないはずですよね。

ロンドンオリンピックの時に、組織をやった人がジョン・コーツと言って、金メダルをとったかつての陸上の選手だったそうなんですが、彼は今IOCの組織なんとか委員長というのをやってました。マスコミの皆さんは、「や、ロンドンの組織委員長は金メダルを獲った陸上の選手をすぐそこのCEOに置いてやってると。日本はなんだと。古びた政治家持って来て」と、こうなるわけですけどね。よくよく向こうで調べてみたら、金メダル獲ったのは昔獲ったけど、そのあとは、会社の社長になっておられて、会社経営やっておられたんですね。だからゼネラルマネジャーができたんだろうと思います。

日本と違って欧米はもう、社長がふっと全然別の人がふっと来て、ふっと座って、ちょっとやったらすっとまた帰っていって、ま、請負みたいな社長が多いですよね。だからそういうことを受け入れる文化なんですね。欧米の場合は。日本で急にどっかそこに走ってた選手を連れてきて、社長にぽんと置けるかと言うと、どうなんでしょうかね。まあ、そこは日本のまた文化があるわけでしょうが、外国のものばっかが良く見えてくるんでしょうね。私はこう答えているんです。確か私も引き受けたときには、と考えたけど、そうだ俺は今76だなと。あと6年、オリンピックやるときには82になる。さあ、どうやってそれまで生きてるかどうか。それはもうわかりません。これはまさに神のみぞ知るだ。

しかし、82までなんとして頑張って、もしオリンピックが開けるまで努力して組織委員会やっておれるなら、これは私にとって誠にありがたいことであり、それが一つの可能性に対する挑戦。オリンピック、スポーツ何事もそうですけど、自分の限界を超えて、どこまでやれるのかということだろうと私は思う。私はそういう意味で、76歳という、高齢と言えば高齢なんでしょうけど、82までやれるかどうか、しっかりやれるかそれとも2年ほど前になって、いなくなって「今は亡き前会長、森会長のために」って言って誰か位牌を持っているのか、それはわかりません。

私は元々、ラグビーですから、私の同級生のラグビーの連中に、ワールドカップのラグビーが19年、1年前にあるんでね。せめて頑張って、ラグビーの時には自分の足でスタンド歩いて、一番上でぴゅーっと見ようなと。それまでは足腰鍛えようなと。こうよく話しをしておったんですが、ラグビーやってもまだ1年オリンピックのために頑張らなきゃならんわけで。私にとっても、オリンピックで優勝する以上の挑戦なんです。私にとっては。だから一生懸命ですね、挑戦を、自分の可能性というものを試してみたいと、そう思っております。

ちょうど今日はそういうことになって、初めてここに招いていただいたので、まず皆さんにオリンピックに対して、ご協力をいただきますように心からお願いを申し上げる次第でございます。

選手の皆もですね、1mでも飛ぼう。1秒でも速く走ろう。0.3秒、3mmでも棒を上げていこうと皆その努力を一生懸命やっているわけですから、私も82までは、なんとか老醜をさらさないように頑張っていきたいと。こう思って、最近は朝早くおきてプールへ行って歩くことにいたしまして。プールっていうのは、なかなか大変でして、走ってもいいんだけど、走ると心臓に負担きますんで、プールがいいですよと先生に教えられて、プール行って。プール行きますと大体あれは1m20ぐらいのところできますから、これだけで歩いてても効果ないんで、必ずスポーツの指導者が来て、「肩を沈めてください。水面まで肩を入れてください」そして「そこで大きく歩いてください」と言われると、こういう格好になるんですね。(ジェスチャー)これ大変だと思ったら、結構楽なんですね水の中というのは。こういう格好で歩くんです。(壇上で変な格好)(会場笑い)

その間に途中で足をこう回したり、色々運動しながら、こうやってやっていくんです。これやってみてください。ものすごい楽です。ただ退屈なんです。これ30分やれ。1時間やれと言われると。結構退屈。そこで考えたんです。今日はこの歌を覚えよう。この演歌を覚えよう。(壇上で泳ぐ格好)(会場笑い)それから講演を頼まれると、大体何を話そうかというのを頭に入って、それをこれやりながら、話ができるんですね。話の練習ができる。ですから皆さんも寒いし嫌だなと思われる人はどこかホテルのプールを利用して大いに歌でも歌いながらお入りになれば、80以上の方はあまりいらっしゃらないと思いますが、いらっしゃったら間違いなく、86歳の時、元気で東京においでになることが可能だというふうに思います。

いろんな方に最近お目にかかりますとね、ご高齢の方から励ましを受けます。私は今78ですが、オリンピックになったら85だから、がんばらにゃいかんと。なんとしても東京で取れたんだから、俺はもう一遍この目で見るまで死ぬわけにいかんと。頑張ってるんだと。そういうお年寄りがものすごく多いです。私の姉なんかも2つほど上なんですけども、やっぱ電話かかってきて「いつ死んでもいいと思ったけど、もう死ぬのやめた。東京まで行けないかもしれないけど、テレビでもいいから、東京オリンピック見てから死ぬわ。」といって電話かかってくるとかですね。そういう方がたくさんおられて、飛行機の中に乗ってても、列車に乗ってても、ご高齢の方から実に私はやさしい眼差しで皆から見られて、「がんばれよーがんばれよー」と言ってくださってるような気がします。元気出せ日本のおじいちゃん、おばあちゃん。お互いにオリンピックまで頑張りましょうと。そういう思いでこういうお手伝いをしております。


■オリンピック組織委員会の役割について

オリンピック組織委員会というのは、そう難しいことではないんであって、選手になって走るわけでもなければ、選手を養成する必要もないわけで。要はオリンピックを東京でやれて、それの施設の整備をしっかりできて。それから、多くの何百万超えるお客さんが沢山来られるでしょう。そういう皆さんに、いま流行のおもてなしの気持ちで、日本に是非ご旅行いただきたい。見ていただきたいという場所を作ること。その準備をすること。

それに対して、道路事情が悪い。鉄道が悪い、港が悪いということであれば、オリンピック委員会から政府なり、東京都なり、主要機関に指示を出して「ああしてくれ、こうしてくれ」ということは言わなきゃならん。そういう立場だと思うし。同時にですね「東京ばっかりなんだよ」という気持ちが当然皆さんにもおありだし、今の東京に決まるこの前のコペンハーゲンの総会の時までは、博多、福岡とたしか東京が争ったんですよね。それで東京が勝ったわけですが、そういう面から見れば、福岡でもやりたいのになという気持ちもおありでしょうから。

確かに都市でしかオリンピックはできないようになってますけども、来られたお客様たちに対して、あるいは来られた選手は、アスリートはできれば九州へいったり、北海道へ行ったり、あるいは日本海側に行ったり、色んなところに行ける様な、そういう仕組みも是非考えてみたいなと。特にその前年にあるラグビーのワールドカップは全国大体13地域ぐらいだろうと思いますが会場でゲームをすることになってますので。ラグビーはご承知の通り、とても激しくて、1試合と1試合の間は、大体3日~4日は空けないと選手は体が回復しません。

従って九州地区でやるとすると、ここに5チームくらい集まって、総当りのリーグ戦をすることになりますので、大体10試合ぐらいやることになりますから。ここ博多でやるか、あるいは鳥栖でやるのか長崎でやるのか大分でやるのか、そういうところもやらんといかんでしょうし、そうすると約1か月くらい彼らは滞在をするということになります。従ってキャンプ地が必要になりますので、この博多を中心にしたところの適切なところにキャンプ地を設けて、その地域と融合をしていくということもできますし、オリンピックの選手の場合もそういう形ができるだろうと思います。いずれにしても19年、20年はですね、この日本にとってスポーツで世界に大きくですね喧伝できる、まさに日本をご紹介できる素晴らしいタイムリーな時期になるんだろうと私は思っております。

東京オリンピック・パラリンピック組織委員会会長の森喜朗元総理が2月20日(木)に福岡市で行った講演での発言につきまして、TBSラジオ「荻上チキ・Session-22」のニュースコーナーで言及した部分を、前後の文脈を含めて書き起しましたので、掲載致します。

『第262回「毎日・世論フォーラム」』より

■ソチオリンピック視察

森喜朗です。少し寝不足ですが私も。一昨昨日ですか、ソチから帰ってきたばかりでもあります。ソチというのは、とても良いとこです。しかし、足の回りが非常に悪いんですね。ロシアっていう国は、サービス精神がよくない国なんですね。もともと長い間社会主義国ですから。来たけりゃ来いよという感じです。モスクワから飛行機で2時間もちょっとすればソチへ行くんですけど、モスクワに着いても、モスクワからの接続便がないんですね。サンクトペテルブルク行ったり、あるいはいくつかの都市を通って行ったり、なかなかその日のうちに着かないんですね。計画的にわざと時間を接続させてないんじゃないかなと。そこに皆で泊まれば、そちらでお金が落ちますから。そうしてんじゃないかなということを思うぐらい、連絡の便がとても悪いですね。悪いんです。まあ、うまく乗り合わせても、27時間ぐらいかかりますね。東京からソチに着くまで。

私は5日の日に行きまして、開会式臨んで、いくつかの会議をやって。何しろオリンピックの役員になって、新参者でありますので、ご挨拶が多かったんですが、あちらこちらみなさんにご挨拶をして帰ってきました。もう一遍、またこれ3月に入りますと、パラリンピックがあります。このほうも行けという命令なんです。オリンピックだけ行ってますと、組織委員会の会長は健常者の競技だけ行ってて、障害者のほうをおろそかにしてるんだと。こういう風に言われるといけませんので。ソチへまた行けと言うんですね。今また、その日程組んでおるんですけど、「ああ、また20何時間以上も時間かけて行くのかな」と思うと、ほんとに暗いですね。

そう言いながら昨年は私は、前後大体12回誘致のためにあちらこちら行ってきました。12回と言いましたが、全部1泊3日とか、2泊4日だとか、最後のブエノスアイレスの会議の直前に行ったクェートなどは、0泊3日です。0泊3日というのは行けるんです。いっぺんも泊まらないということは、寝るときは全部飛行機の中とこういうことでしょうね。こういうことを12回ほど続けましたけども、皆さんが「時差はどうですか?時差はどうですか?」といいますけども、そういう短い旅は、案外時差は関係ないんですね。

よく冗談で言うんですが、「海の上を歩く方法がある」と。右足が沈む前に左足上げて、左足が沈む前に右足上げれば、海の上歩けるじゃないかという理屈になるんだけども。それと同じように向こうに着いても、そこの国のリズムにぴったりならなきゃいいんです。染まりそうになったら、すぐ帰ってくればいいわけですから、時差にはならないんですね。だから全然疲れなかった。

今度は、なんと5泊も向こうで泊まりました。完全にソチのリズムになってしまいまして、日本へ帰ってきたらめっぽうくたびれちゃって、疲れてしまうんですね。1日たっぷり寝たぐらいでありますが、今度はテレビがいつもメインの試合は夜になるんです。しかもたいがい、12時過ぎて、1時過ぎ。明け方までやるという。これを見てると結局また徹夜ということになります。

これも先ほど皆さんともお話をしておったんですが、なぜ日本はこんな時間になるかというと、オリンピックの中継は、BBCであるとか、CBCであるとか、そういう放送局に専属で売りつけるわけですね。それはもう、本当に考えもつかないほど巨額な金ですよ。大変なお金が(...※聞き取れず)。その放送局が一番自分の国に、一番いいゴールデンアワーのときに放送を流すということになるんですね。すると、開催地のスポーツをやれる時間と併せますとね、結局日本はいつも、ソチそのものから見れば時差が5時間ですから、そんな大きな隔たりはないんですけど、いつも夜中の1時頃からゲームを見て、なんか結論が出るのが3時だとか4時だとか5時だとか。


■フィギュア浅田真央選手について

今朝も真央ちゃんが最後ひっくり返った時は、4時だったと覚えておりますが。皆さんそれご覧になると、それまでずーっと真央ちゃんがまだ30番目で一番あとだったもんだから。ずーっと皆見てるわけでしょ、あれ。ショートプログラムだから、1回何分かな。3分半くらいかな。そんなもんだったと思いますけど、それ全部やって一番最後に真央ちゃん。なんとか頑張ってくれと思って皆見ておられたんだろうと思いますが、見事にひっくり返っちゃいましたね。あの子、大事なときには必ず転ぶんですよね。なんでなんだろうなと。

僕もソチ行って、開会式の翌日に団体戦がありましてね、あれはね、出なきゃよかったんですよ日本は。あれは色んな種目があって、それを団体戦で。特にペアでやるアイスダンスっていうんですかね。あれ日本にできる人はいないんですね。あのご兄弟は、アメリカに住んでおられるんだと思います確か。ハーフ。お母さんが日本人で、お父さんがアメリカ人なのかな。そのご兄弟がやっておられるから、まだオリンピックに出るだけの力量ではなかったんだということですが、日本にはいないもんですから、あの方を日本に帰化させて日本の選手団で出して、点数が全然とれなかった。

あともう皆ダメで、せめて浅田さんが出れば3回転半をすると、3回転半をする女性がいないというので、彼女が出て3回転半をすると、ひょっとすると3位になれるかもしれないという淡い気持ちでね。浅田さんを出したんですが。また見事にひっくり返っちゃいまして、結局、団体戦も惨敗を喫したという。

その傷が浅田さんに残ってたとしたら、ものすごくかわいそうな話なんですね。団体戦負けるとわかってる、団体戦に何も浅田さんを出して、恥かかせることなかったと思うんですよね。その、転んだということが心にやっぱ残ってますから、今度自分の本番のきのうの夜はですね、昨日というか今朝の明け方は、なんとしても転んじゃいかんという気持ちが強く出てたんだと思いますね。いい回転をされてましたけど、ちょっと勢いが強すぎたでしょうかね。ちょっと転んで手をついてしました。だからそういうふうにちょっと運が悪かったなと思って見ております。


■ソチオリンピックでの日本人選手の成績について

総じて見てますとね...今日はオリンピックの話するつもりじゃなかったんですけど、司会者がたくみにオリンピックに誘導したもんですから。(会場ちょっと笑い)竹内さんという女性がボードで2位になりました。あれ見てたら完全優勝なんですよね。転んだんですね。もったいないことしました。ですが、彼女にしても、非常に大胆であっけらかんとしてますよね。あれ日本の中で規律と規制とかなんとかに囲まれた中でやってたという感じはなくて、あの子は自分で勝手にカナダかスイスかどっかに出かけて行って、向こうの人たちの中に入って練習して、あそこへ伸ばしたんですね。

だからそういう意味で、非常になんというか明るくやってますね。非常に自由奔放にやってるという感じで。本番の時にはそういうのは強いですね。スキーの連中見ましても、41歳の彼も、もう7回目だというし、負けて当たり前だという気持ちでやってますから、非常に自由にのびのびとしてて、日ごろの国内でやってる練習よりもいい記録を出せる。逆に新しく初めてになったやつはガチガチになっちゃっててですね、思ったほどの記録が出てこないということでしょう。それから男の子の15歳の子と18歳ですか、二人が銀と胴とりました。あれもスノーボードですか。なんかおもしろい、ああいうのは僕らの時代なかったですよ。サーカスみたいな。

あれも自分たちで勝手に、日本でやってても面白くないからアメリカでやってるんですね。アメリカとかカナダでやっているわけですね。そういうのがふぁっと出てきて、すっと優勝さらっていってしまう。日本の連盟にも登録してやったろうかなと思うくらいの名前も聞いたことないような若者が出てきて、さーっと世界と堂々と戦っていくなんていうのを見てると、どうも日本の各競技団体のやり方が本当に正しいのかどうか。もっと自由奔放にやらせたほうがいいのかなという感じもいたしますが。幸いメダルは、さきよりも、もう2個ばかり多くなった。7つぐらい取れたんでしょうか。このままうまくいけば、あと3つぐらい取れるのかもしれない。そうすれば10個ぐらい取れてくるのかなと、こう思って期待をしております。


■東京オリンピックと自身の年齢について

あの~、何を話しするかまだ頭のなか、整理つかないんですけども、先ほどもちょっと懇談をしてたんで。私はもう政治家じゃないのでね。政治家をやめてしまいましてもう2年以上も経っちゃいました。ですから一、むしろ私人であり、一スポーツ人であると私は思っております。

よく言われるんですよ。日本のマスコミ、今日も沢山来てますが、大体マスコミっていうのは、意地が悪いですよ。その人を絶対ほめそやさないでなんとかケチつけてやろうと必ず思っている人が多いんですね。大体平均してですよ。今日はどうかわかりません。そうするとね、私がオリンピック組織委員会の会長になったというと、なんかつっついてやろうと思うけど、つっつく材料がないから一番先に言うのは、「あなたオリンピックまで生きてるんですか?」といわれる。(会場笑い)

これは一番、非常にいい質問ですよね。ソチでもやっぱりそれ聞かれましたよ。随分ご高齢ですがと言われるんです。オリンピックの、スポーツ選手もそうだし、オリンピックの役員もそうですが、年齢制限あるんですかと。どっかに「70歳以上はダメ」と書いてあるんですかと。書いてないはずですよね。

ロンドンオリンピックの時に、組織をやった人がジョン・コーツと言って、金メダルをとったかつての陸上の選手だったそうなんですが、彼は今IOCの組織なんとか委員長というのをやってました。マスコミの皆さんは、「や、ロンドンの組織委員長は金メダルを獲った陸上の選手をすぐそこのCEOに置いてやってると。日本はなんだと。古びた政治家持って来て」と、こうなるわけですけどね。よくよく向こうで調べてみたら、金メダル獲ったのは昔獲ったけど、そのあとは、会社の社長になっておられて、会社経営やっておられたんですね。だからゼネラルマネジャーができたんだろうと思います。

日本と違って欧米はもう、社長がふっと全然別の人がふっと来て、ふっと座って、ちょっとやったらすっとまた帰っていって、ま、請負みたいな社長が多いですよね。だからそういうことを受け入れる文化なんですね。欧米の場合は。日本で急にどっかそこに走ってた選手を連れてきて、社長にぽんと置けるかと言うと、どうなんでしょうかね。まあ、そこは日本のまた文化があるわけでしょうが、外国のものばっかが良く見えてくるんでしょうね。私はこう答えているんです。確か私も引き受けたときには、と考えたけど、そうだ俺は今76だなと。あと6年、オリンピックやるときには82になる。さあ、どうやってそれまで生きてるかどうか。それはもうわかりません。これはまさに神のみぞ知るだ。

しかし、82までなんとして頑張って、もしオリンピックが開けるまで努力して組織委員会やっておれるなら、これは私にとって誠にありがたいことであり、それが一つの可能性に対する挑戦。オリンピック、スポーツ何事もそうですけど、自分の限界を超えて、どこまでやれるのかということだろうと私は思う。私はそういう意味で、76歳という、高齢と言えば高齢なんでしょうけど、82までやれるかどうか、しっかりやれるかそれとも2年ほど前になって、いなくなって「今は亡き前会長、森会長のために」って言って誰か位牌を持っているのか、それはわかりません。

私は元々、ラグビーですから、私の同級生のラグビーの連中に、ワールドカップのラグビーが19年、1年前にあるんでね。せめて頑張って、ラグビーの時には自分の足でスタンド歩いて、一番上でぴゅーっと見ようなと。それまでは足腰鍛えようなと。こうよく話しをしておったんですが、ラグビーやってもまだ1年オリンピックのために頑張らなきゃならんわけで。私にとっても、オリンピックで優勝する以上の挑戦なんです。私にとっては。だから一生懸命ですね、挑戦を、自分の可能性というものを試してみたいと、そう思っております。

ちょうど今日はそういうことになって、初めてここに招いていただいたので、まず皆さんにオリンピックに対して、ご協力をいただきますように心からお願いを申し上げる次第でございます。

選手の皆もですね、1mでも飛ぼう。1秒でも速く走ろう。0.3秒、3mmでも棒を上げていこうと皆その努力を一生懸命やっているわけですから、私も82までは、なんとか老醜をさらさないように頑張っていきたいと。こう思って、最近は朝早くおきてプールへ行って歩くことにいたしまして。プールっていうのは、なかなか大変でして、走ってもいいんだけど、走ると心臓に負担きますんで、プールがいいですよと先生に教えられて、プール行って。プール行きますと大体あれは1m20ぐらいのところできますから、これだけで歩いてても効果ないんで、必ずスポーツの指導者が来て、「肩を沈めてください。水面まで肩を入れてください」そして「そこで大きく歩いてください」と言われると、こういう格好になるんですね。(ジェスチャー)これ大変だと思ったら、結構楽なんですね水の中というのは。こういう格好で歩くんです。(壇上で変な格好)(会場笑い)

その間に途中で足をこう回したり、色々運動しながら、こうやってやっていくんです。これやってみてください。ものすごい楽です。ただ退屈なんです。これ30分やれ。1時間やれと言われると。結構退屈。そこで考えたんです。今日はこの歌を覚えよう。この演歌を覚えよう。(壇上で泳ぐ格好)(会場笑い)それから講演を頼まれると、大体何を話そうかというのを頭に入って、それをこれやりながら、話ができるんですね。話の練習ができる。ですから皆さんも寒いし嫌だなと思われる人はどこかホテルのプールを利用して大いに歌でも歌いながらお入りになれば、80以上の方はあまりいらっしゃらないと思いますが、いらっしゃったら間違いなく、86歳の時、元気で東京においでになることが可能だというふうに思います。

いろんな方に最近お目にかかりますとね、ご高齢の方から励ましを受けます。私は今78ですが、オリンピックになったら85だから、がんばらにゃいかんと。なんとしても東京で取れたんだから、俺はもう一遍この目で見るまで死ぬわけにいかんと。頑張ってるんだと。そういうお年寄りがものすごく多いです。私の姉なんかも2つほど上なんですけども、やっぱ電話かかってきて「いつ死んでもいいと思ったけど、もう死ぬのやめた。東京まで行けないかもしれないけど、テレビでもいいから、東京オリンピック見てから死ぬわ。」といって電話かかってくるとかですね。そういう方がたくさんおられて、飛行機の中に乗ってても、列車に乗ってても、ご高齢の方から実に私はやさしい眼差しで皆から見られて、「がんばれよーがんばれよー」と言ってくださってるような気がします。元気出せ日本のおじいちゃん、おばあちゃん。お互いにオリンピックまで頑張りましょうと。そういう思いでこういうお手伝いをしております。


■オリンピック組織委員会の役割について

オリンピック組織委員会というのは、そう難しいことではないんであって、選手になって走るわけでもなければ、選手を養成する必要もないわけで。要はオリンピックを東京でやれて、それの施設の整備をしっかりできて。それから、多くの何百万超えるお客さんが沢山来られるでしょう。そういう皆さんに、いま流行のおもてなしの気持ちで、日本に是非ご旅行いただきたい。見ていただきたいという場所を作ること。その準備をすること。

それに対して、道路事情が悪い。鉄道が悪い、港が悪いということであれば、オリンピック委員会から政府なり、東京都なり、主要機関に指示を出して「ああしてくれ、こうしてくれ」ということは言わなきゃならん。そういう立場だと思うし。同時にですね「東京ばっかりなんだよ」という気持ちが当然皆さんにもおありだし、今の東京に決まるこの前のコペンハーゲンの総会の時までは、博多、福岡とたしか東京が争ったんですよね。それで東京が勝ったわけですが、そういう面から見れば、福岡でもやりたいのになという気持ちもおありでしょうから。

確かに都市でしかオリンピックはできないようになってますけども、来られたお客様たちに対して、あるいは来られた選手は、アスリートはできれば九州へいったり、北海道へ行ったり、あるいは日本海側に行ったり、色んなところに行ける様な、そういう仕組みも是非考えてみたいなと。特にその前年にあるラグビーのワールドカップは全国大体13地域ぐらいだろうと思いますが会場でゲームをすることになってますので。ラグビーはご承知の通り、とても激しくて、1試合と1試合の間は、大体3日~4日は空けないと選手は体が回復しません。

従って九州地区でやるとすると、ここに5チームくらい集まって、総当りのリーグ戦をすることになりますので、大体10試合ぐらいやることになりますから。ここ博多でやるか、あるいは鳥栖でやるのか長崎でやるのか大分でやるのか、そういうところもやらんといかんでしょうし、そうすると約1か月くらい彼らは滞在をするということになります。従ってキャンプ地が必要になりますので、この博多を中心にしたところの適切なところにキャンプ地を設けて、その地域と融合をしていくということもできますし、オリンピックの選手の場合もそういう形ができるだろうと思います。いずれにしても19年、20年はですね、この日本にとってスポーツで世界に大きくですね喧伝できる、まさに日本をご紹介できる素晴らしいタイムリーな時期になるんだろうと私は思っております。

橋本聖子さんというオリンピックの選手、いま今度のオリンピックの団長やってます橋本さんに聞いたら、この試合が終わりましたら、ソチが終わったら、世界の有力なスケーター入賞者を全部連れて日本に来るんだそうです。東京の隣の埼玉で試合をやるそうですね。見せるそうですが、その切符はインターネットで売り出したわずか1時間で全部売り切れたそうです。それぐらい人気があるんですね。スポーツに対する。関心もとても高いということだと思います。ですからこの機会に、是非おおいにスポーツを盛んにするよう、皆さんにも色んな思索をお考えいただけたらいいかなと思っています。

毎日新聞も春の選抜の高校野球とか、花園のラグビーの大会ばっかりがスポーツじゃないんで。もっと、もっと色んなスポーツが沢山あるわけですから、大いに取り上げて頂いてですね。日本の選手、僕は体協(日本体育協会)の会長を長くやってましたから、よく言われるのは、無理もないんだろうけど、野球だとかサッカーだとかラグビーも多少は入るのかな。バスケットボールとか割と人気のあるスポーツしか、取材しないし、放送しないし、報道しない。

もっともっと沢山ですね、地味なスポーツがいっぱいあるんですね。そういうことを一生懸命やってる人たちのことも、報道してあげるように。「僕らのやってた競技が毎日新聞に出てたよと。毎日新聞あけたら、長刀やら弓道やら、そういうものまで全部出てたよ」とならなきゃだめだよ(会場笑い)どうせ読売も朝日も中身は同じですから。中身は同じ。要は何が我々の味方なのか、どの新聞が我々の味方なのかというふうにさせるほうが私は得策だというふうに思っているんで、是非、毎日新聞頑張ってください。余計なことばっかり言っちゃいけませんが、今日は毎日新聞の主催だから、大いに毎日新聞を激励しておきたいと思います。


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■ソチの印象について

さっきソチの話をしましたが、ソチは、ロシアっていうのは今ごろは大体マイナス20から30度、特に極東のほう行けば40度という大変なところです。ソチは黒海という海がありますが、そういう海の影響でしょうか、非常に暖かいんです。海の周りに、スケートリンクやら体育館やら建てて、ホテルもいっぱい作ってありましたけども、それはあくまでも今、オリンピック用に作ったものであって、もう少し山の方に行くと、綺麗な本当に美しい山が沢山あって、スイスなんかよりも比べようもないほど綺麗です。そこにまた豪華なホテル、マンション、別荘がいっぱいあるんですね。いわゆるヨーロッパの避寒地、寒いときにはそこに行く。あるいは暑いときには避暑地というところなんでしょう。

プーチンは世界にそれを宣伝したかったんだと思いますが、何度も私はプーチン氏から「ソチへ行って来い。ソチへ来ないか?」と言われたことありましたが、なかなかさっきも言ったように交通の便が悪いんだから行かなかったんですが、今度行ってみて、ほんとに素晴らしい思いましたね綺麗で。後は今、テロがあるもんだから、厳重な警戒があるんであんまり面白くないんですが、本当に素晴らしいところです。

で、ちょうど我々が行きました5日、6日から開会式が始まりましてから約1週間、毎日お天気でした。雲ひとつない青空です。大変だと思い、防寒具を持ったり、ペタッと貼ったら熱くなるやつをいっぱいペタペタ貼って行ったんだけど、全くいらない。で、ヨーロッパの人たちは半そでのTシャツですよ。プールで泳いでるくらいですから。あったかい。ちょうど私は、IOCのその会議があって組織委員長になったから、挨拶をしてくれと言われ挨拶をした。「日本の総理大臣の安倍さんは昨日、開会式に出て、日本に帰りました。

帰るときにこのソチの雨雲、雪雲、天気の悪いものを全部飛行機につめて日本に行きました。だからソチはこんな明るくてきれいになったんですよ。そのかわり、東京は気象庁始まって以来の雪になったんだ」と。「あれはみなロシアの雪を全部引き受けたからです」と。みんな大笑いをしていましたが、それくらいソチは暖かくて綺麗で美しく過ごしやすかった。そういう状況の中で選手たちは思い切ってスポーツやれたんですが、ただ、テロがどうなるのかということで、どこ行ってもとにかく警戒は厳しくてですね。

いろんなことがありました。我々もこのCDカードなんてもうらうんですけども。このカードも厳格にいろんな種類があって、いろんなバーコードが入っていてですね、「このカードでここは通れる。ここは通れない」と、いろいろあります。私のやつはどこでも通れるようになっているんですけども、一緒に付いてくる奴はみんな止められたり色々します。それのことで面倒になったり、いちいち覗かれてたりですね。我々IOC本部のホテルに入ってて、すぐすぐ近くが選手村なんです。綺麗な家が沢山建っていて、手を出せばみんな顔出して、あっというくらい近いところに選手村があるんですが、そこに行けないんです。

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■東京オリンピック開会式のイメージ

さあ、じゃあ、日本はどうするのかなと。歌舞伎かなんかが、「オー」と出てくるのがいいかもしれないなとか。しかし、日本も同じように2000年、3000年という歴史を持ってる。その歴史の中でここまで来た。やっぱりソ連という国、ロシアと言う国は、やはり共産主義の国、怖い国、冷たい国、官僚の国という印象を世界の人は持っているわけですね。私もよくプーチン氏と飯食うときに言うんですが、「いくら自由の国になったって言うけど、まだまだロシアは官僚国家で共産主義と変わっていないよ」と私よく言うんですけど、そういう国が「そうではなくて、こんな明るくて、こんな素晴らしい雄大な歴史と文化を持った国だよ」と世界に宣伝をするっていうのが演出だったんだなと思って、大変感銘深く開会式を観ておりました。

日本もこれからどういう方にお願いするか、総合的な演出をできる方々をこれからお選びをして、世界に恥じない立派な、しかもあまり金のかからない、そういう大会にしなきゃならんなと思ってますが。今すっと頭に浮かぶのは、「東京って、今、日本って何が売りだろう?」と思うと、やっぱりアニメなんですね。だから宮崎駿さんあたりに総合演出をしてもらって、「アニメと人間を絡ませた何かできないだろうかな?」と思ってみたり、「まてまて、早い日進月歩の世の中で、6年後にまだマンガが流行ってるかどうか分からんはなぁ」なんてそんなことを思ってみたり。「仮面ライダーみたいのが飛んでくるのがいいのかもしれないな?」とか。

もうひとつはロボット社会になるんですね。かなりロボットが進んできて、人の会話ができるようになってエレベーターに乗ったって、皆さんの体温計だって、どこ行ったって声が出てくるわけですね。そういうロボット社会で、「科学技術というものをうまく日本が取り入れた開会式ができないもんだろうか?」といろいろ考えて、もっとそういう能力のある人を全国から募って多いに議論をしてもらって皆さんがなるほどと思うようなオリンピックにしたいもんだと思っております。

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■東京オリンピック招致の裏側〜マスコミに対して

このオリンピックを勝ち取れた、前回は失敗しましたけども、勝ち取れたのはやっぱり安倍総理が率先をして外交を進めていった。約オリンピックIOCのブエノスアイレスのあの9月の総会まで安倍さんが回った国は25カ国ぐらいありましたね。別のそのことで外国にいくわけじゃないんですけど、えー二国間の重要な話しをしながら最後に食事をしたりお茶を飲んだ時にオリンピックの話をして協力を求める。そういうやりかたは安倍君自身が一生懸命やっていたということがやっぱり今回ニッポンが勝ち取れた最高のやっぱり私は、安倍さんの功績だろうなとこう思っているんです。

で、私、色んなところで書きましたけども、もう一人裏方の大功労者は実は、石原慎太郎さんなんですね。石原さんは最初の知事のときに手を上げて、そして立候補したけど、まあー無残にも負けました。コペンハーゲンで。えーアメリカが強敵だと思っていたらアメリカが最初15票しか取れなくて負けて、日本が22票で3位だった。で、今度恐らくアメリカが入れた15票が回ってくるのだろうなという、そんな捕らぬ狸の皮算用みたいな計算をして2回目の挑戦をしたら日本がなんと22票あったのが20票に減って、これも最下位で負けてしまって、まさかと思ってたブラジル・リオデジャネイロにまあとられるわけだ。

で、石原さんはかんかんに怒って、帰りの飛行機の中で私に「もう二度とやらねーからなあんなもん」と。大体負けた理由がそのけしからんと。知事は偉ぶっていて、その握手をしない、ハグをしないと。冗談じゃない。知らない男となんで俺はホモでもねーのにハグしなきゃいけねんだよ。さらにこう石原さん言ってました。本当に悔しかったんだと思います。あの方、わがままな方ですから。大体「太陽の季節」の本をみりゃわかるわけで、いかにわがままな青年かというのはわかるわけで。それが選挙に今まで負けたことなかったのに、こんな選挙で負けてもう頭にくるよと。こう言って俺二度とやらないから東京で。なんて。あのときすぐ福岡手あげればよかったんですよ(会場笑い)

ところが、その後、本当に彼はやめるって。知事選にも出ないなんていい出してね。でーさあみんな困ったわけですよ。そしたらそのこの九州の宮崎におられた東国原、彼が、東京の知事選に出るなんて手をあげた。しかも公約は東京でオリンピックを開かないということを、反対ということで知事選に出ることになって、東京の連中はみんなびっくりしちゃったわけですね。ところが石原さんが自分の代わりに譲るといって後見に指名したのが、神奈川県の知事の松沢さんという方だった。

で、松沢さんはそりゃ神奈川の知事をやめて東京の知事に出るということになると、東京の人たちはなにーと。うーーこう、例えは悪いかもしれませんが、佐賀県の知事が急にやめて福岡県の知事になるとそう甘くみんなよと福岡の人は言うかもしれませんけど。それはわかりませんよ。たとえ話だから。気にしな・・・今日はマスコミがおるからいちいち注釈つけて(会場笑い)

マスコミというのは、そこのところだけ取るんですよ。前後の話は何にも書かないでね。俺が「神の国」だっつったって、別に神様だけ言ったわけじゃないだよ。仏様も、お釈迦様もキリスト様もみんな大事にしなきゃだめだよと言って、だけど、日本は神主さんが沢山いたから神様の国ですよねって言ったら、森総理は「神の国」といってと、もう袋叩きにあうです。ああいうこと書いた人みんな天罰が当たると私は思ってます。(会場笑い)私は逆に神様のお守りがあったからここまで来れたんだと思ってますが。

まあ、それはさておいて。記者諸君、よくだまってしっかり聞いておいてください。例え話をしただけの話で。最近たとえ話しても、NHKの会長もやられて、あれは個人の意見だなんて取り消したからいいじゃねえか。取り消したって聞けねえんだよなんてやってますけども。まあそういう難しい時期だから。だけど政治家じゃなきゃいいんだよな。何しゃべっても。政治家だとまあ色々なこと言われるんですが。

2014年2月22日土曜日

【下品で有って良い。下衆にはなるな。】と赤塚不二夫さんの教え。

タモリさんは赤塚不二夫さんに見出され、芸能界を長くそれは物凄く長く支えて頂いた。これからも。ギャグをとにかく愛した赤塚不二夫さん。若き日のタモリさんは、横でそれを学ばれたのだろう。同時に気高さも。


赤塚不二夫さんが人に騙され、お金を失った後、タモリさんは先生を気遣い、洒落た振込をしていたそうです。更に先生は上手。うわて。それ、一円も手を付けなかったらしい。洒落に洒落って、ダジャレがお洒落に変わる瞬間ってコレ?と学ぶ。

夜の仕事をしている子にびっくりすることを聴いた。悲しいことに下衆野郎は世の中に、たくさんいる。本当に落胆した。また、その下衆野郎を産み出したのも人間、人生の先輩方。

何故若い子が辛い思いをするのだろうか。しかし、悩む事で成長するのも事実。しかし、自分も悩む。こんな、デジタルでテキストを並べても、何の意味ない。やはり自分の耳で聴き、自分の口で奏でなければいけない。

私は良く喋る。本当はネクラだけども。あと、変な壺も売ってません。喋る、叱る、笑う、泣く。時には怒るよ。それは下衆と対面した時。

赤塚不二夫さんが、亡くなられて弔辞をタモリさんが述べる。長々と一枚の紙を見ながらつらつらと。凛とタモリさんは先生への想いを伝える。目の前にいるが如く。

お洒落なタモリさん、先生を超えたのかな?いやそんな次元ではない。その弔辞の紙は白紙だったらしい。合掌。産まれ変わっても、またお友達になるのでしょう。羨ましいな。

2014年2月21日金曜日

【夢の一つ。サッカーGM】馬鹿と言われても。

長野のアルティスタ、というサッカーチームのスポンサーに、なりたいというか、なる。確実に。いずれ天皇杯で旋風を巻き起こすチーム。GMはEXILEに、いそうなイケメン社長。いや、いないな。

この人とは約束というか、漢気をどう宣言し、どう護るかを考えさせる。本当に尊敬する。


福岡に面白すぎる少年を見付けた。今はまだ夜の世界で修行中。しかし、シーザダブルサッカーチームの夢を初めて他人に伝えた。メッセージ、俺は本気。



長野はアルティスタ、千葉はレイソルじゃなく流経大じゃなく、シーザダブル。下ネタ大好きのGMが数年後、サッカー少年の寄せ集めチームをつくり、日本のW杯優勝のアシストをその社長さんとするぜこのやろー!

2014年2月20日木曜日

【リミッティングビリーフ】だっけな?自分の常識を取り外す。それは自分次 第。

世界一のコーチンガー、アンソニーロビンスの教え。リミッティングビリーフとの制限をどう取り外すが。自分は周りから認められたい願望が強かったが、その願望は自分の足枷になっていると考察、理解。
ホリエモン曰く、世の中の常識を疑ってみると非合理が多く漂う的な意見。激しく同意です。そこでビジネスホテルの常識を考察。


良くあるアメニティ、アップルティーの活用方法を考察。アイデアでました。



ユニットバスで飲む物ではなく、香るものとして活躍。私、朝から激しくリラックス。
こんな考えを会社にもビジネスにも置き換え。意見には必ず一理あり。その意見に素直に耳を傾けてれば、新たな道は開くと信じてます。

2014年2月18日火曜日

【Jリーグはいずれ世界に並ぶリーグになる】と思う。

やべっちFCを見てます。鹿島に入団した30歳の外人さん「アルベルト」、ヤバい。実績はわからないけど、もう「倍返し」を日本語で使いこなしていた。柔軟さは充分。あとは実力次第、スゴい外人さんもいるもんですね。


セレッソはレジェンドフォルランの加入で、全体の意識が向上したはず。柿谷選手がフォルランから盗む、大迫選手やライバルを意識しながら頑張れば、W杯で彗星の如く世界デビューが出来るはず。若さは素晴らしい。可能性大!



番外編、ドルトムントで新加入選手が最短時間でゴール。クロップ監督の洞察力、凄すぎやしないか。早く香川選手は気付いて元サヤに戻るべき。プライドなんて一度置けばいい。取り戻せばいい。



話がそれたけど、Jリーグで優勝するところはマスコミに出ていても、謙虚に練習している選手が多く在籍し、それをしっかりマネージメント出来る監督がいるところ。今年の終わりかな?そのチームがどこになるか楽しみ。おそらく広島、セレッソ、鹿島あたり。

2014年2月16日日曜日

【ソチを通じてスポーツは素晴らしい】と肌で感じ、行動したいと決意

冬季オリンピックは夏に比べて感動が少ないのかなと思いきや、半端ないと思う。特に今回のソチ、感動する場面の連続の様な気がします。



あまり良く情報がないまま、書き込みをしていますが、まずは上村愛子さんの4位と高橋大輔さんの6位。メダルには届かないけども、やり切った二人の笑顔が金メダル。何か羨ましいな。特に上村愛子さんの4位は後にも先にも一番輝いた4位。判定というか審査に疑問ありらしいけど、本人は無問題。別途、佐藤オリンピックがあれば、間違いなく金メダルを渡しますよ。


注目度低いけど、ネット民注目度大の町田樹さん。今回5位ってハンパねぇーと思うのが、ショート11位からの巻き返しと、ショート後のコメントでメダルを諦めてないと。フリーでのごぼう抜きが評価されて無いようで残念。逆バレンタイン発言はウケた。本人は純粋なんだろう。


金メダル、日本の絶対王者の風格さえ漂わす羽生さん。4回転後の両手花咲き(勝手に命名)は、リズムを感じるし、艶やかだ。

一方タス通信は、浅田真央(中京大)の今季フリー振り付けを担当し、ロシアフィギュア界の重鎮でもあるタチアナ・タラソワ氏のコメントを紹介。「率直に言って、メダルを誰にも与えるべきではない。私の記憶では、こんなに転んだ五輪チャンピオンはいない」と辛口で批評した。

と、読売新聞から。次回はショートフリー共にノーミスで最高得点をマークし、名実共に絶対王者になってほしいな。


スノボーハーフパイプだと、絶対王者ショーンホワイトを破った日本人二人。絶対王者が本調子で無かったとはいえ、結果として素晴らしい。若さは限界を決め込まず、常識をも覆す。羨ましい。いや、まけへんで。


そして、さっきTVでチラ見。葛西さんの銀メダル。神様は厳しいなーと思うが、努力をしていれば、いずれ叶うと言う事を証明した。テレマーク?だっけ、着地はまさに鷹のよう。周りにいたスタッフや後輩が自分の如く喜んでいた姿を見て、何故か自分ホロ泣き。



俺も時間が作れたらスキーをやりたいな。スポーツは素晴らしい、再確認。柔術白帯の自分は夢は黒帯。そして、地元千葉県流山市で幼馴染ののぶとしと流山プロレスをやるのが夢です。そして、ビジネスで成功して、サッカーチームを持ちたい。


シーザダブル株式会社は縁と思いやり。自分の特性を理解し、社会貢献することで利益を得る。自分の付加価値をどの様に見出すか。



自分はやっと付加価値の付け方が分かってきた。

昨日群馬が大雪で、国道を車で頑張って移動中に、徒歩の方々を何十人乗せてみました。そのせいか、渋滞にはまり、群馬のホテルに泊まっていますが、皆さんのありがとうと言う言葉が、清々しい気分にさせてくれました。こちらこそありがとう。お酒も進むわい。恩着せがましいが、困ったときはお互い様ですと伝えました。皆さんがどの様に次回行動するのかが楽しみです。自分の見えない所で連鎖反応があればいいな。


2014年2月15日土曜日

【Google次世代FTTH】に着手&会社の状況報告

Googleが10Gbpsの開発に着手と海外ニュース。アメリカ平均が7.2Mらしく、何倍やっちゅう話です。4Kテレビを意識したものらしいですが、3Dも発達しているので、遠隔地での打ち合わせがこれで可能になると思います。


最近の大雪溶ける雪なら良いなと。アメリカでも豪雪を記録中。その一部雪が火で炙っても溶けないのがあると都市伝説。最近風刺新聞たるものがあるらしく、都市伝説なのかホントなのかわからん。地球温暖化なんぞいってて、世界的な寒波襲来。911、311にしかり。お母様と話していて、この世の終わりがきちゃったのかねーなんて話していましたけど、何か奇妙な出来事が起きているような気がする。まさか宇宙戦争的な。あわわー。


何て事はさておき、インターネットのプラットフォームのパラダイムシフト、所謂考え方の革新が起きており、それをどう捉えて受け入れるかが経営者のカギと思われる。


うちには、大明神と命名した社員がいる(勝手に)。実年齢は還暦らへんだけど、自分は関係ないと思っている。ダイバーシテイ思想を数年前に勉強した為、何の偏見もなし。


新潟県で協力店のスタートアップを大明神としました。これこそあうんの呼吸。短い間で、3月末までの協力店売上を作る事が出来そうだ。今のままであれば渡している仕事が3月以降継続っぽいので、そしたら大明神に何かしら素敵なプレゼントをせねば。


シーザダブル株式会社はポリバレント、多様性を重視。また素直さ、察する力、自分を変えたいと思う人、そして自分は運が良いと信じている人大歓迎です。餅は餅屋という言葉が好きです。縁と思いやりが大好きで、企業理念に込めました。www.cthew.net


別件ですが、52.5坪、20万の事務所オファーあり。破格!!!しかしリソースが足りない(・_・;  悔しいがペンディングです。しかし、新たな幹部候補が本格始動予定。ラクーアにて方向性打ち合わせ。たのんます、一緒にシーザダブルを盛り上げて下さい。楽しい会社にしたいな。

2014年2月12日水曜日

【これからのSNSの形】を考察

「Facebook」の10代20代の利用者数が減少しているとの事。理由は明確、それは他人の「リア充」みて凹むからだそうだ。30代の自分はなぜか若者がかわいそうでしょうがない。今の若者の舞台を作ったものは俺ら人生の先輩。なんか中学時代、先輩からの圧力に凹む毎日を過ごしていた。その時の仲間と決意したのが、俺らの世代でそういうのを辞めようと。その時と同じ決意を若い世代にしたいと思う。

今、頻繁にSNSを活用している。見て頂く方に「調子よさそうだね」と言って頂く。そうです、絶好調ですと。何故かというと、辛い10代20代を過ごしてきたから。悩み苦しんだその時代があったからこそ。30代で見つけた自分の形の一つとして、「身近な人を楽しませる」事。また、経営者としては「身近な人の売上を上げる」。そして楽しく、スマートに、常識にとらわれず。



ガラケーからスマートフォンへ、アナログからデジタルへ、インターネットも変革を遂げている。SNSも多様性に富んでいる。実はFacebookはもう古いのかもしれない。Google+を最近活用し始めたが、これは時代待ちだなと実感。

本日ある女性二人に相談を受けた。SNSの在り方というか活用の方法について。僭越ながらアドバイスとしてはまずソーシャルやインターネットに慣れる事。弊社の必須資格「ITパスポート」をおススメしてみた。そういう需要というか、必要性はわかっているが、いまさら勉強かーという想いもあったのかもしれない。しかし、勉強せずに進化する事が可能なのでしょうか。基礎が分かっていれば、応用が利く。インターネットは急速に変化を遂げており、その変化にガッツリ付いていくという感覚ではなく、なんとなく対応するという感覚でいればいいのはないでしょうか。

まあ、頼りにされると引き受けたくなる性格。お二人のお願いに一緒ひと肌脱ぎますかーと思いました。再度おすすめGoogle+。大好きなVirgin創始者リチャード・ブランソンに「ILoveYou」と送り続けます。Me too的な事が返ってきたら、ソーシャル万歳という事で。こうご期待。


2014年2月11日火曜日

【Google+】これは半端ない。

SNSでは後者であり、FacebookやLinkedinには追い付けないだろうなと勝手に決めつけていたGoogle+。これに関しては自分の目は完全に節穴と思う。


Google+から拝借。雪の画像を撮ったら勝手にアニメーションになっていたらしい。素敵な遊び心。

Google+      あとは時代待ち。

2014年2月10日月曜日

【若い世代へメッセージ】そして、Googleの凄さ、最近実感しまくり。

googleドライブ、マップ、Youtube、画像、gmail、カレンダー。自分のgoogle依存が最近凄い。すべて使いやすいし、互換性?や汎用性があるため、他のアプリを使わなくなる。たとえばドロップボックス。数年前に革新的!なんて思ってたら、もう時代遅れ。今はgoogleの2次バックアップ用になってしまった。


今、「ITビジネスの原理」を呼んでいる。ITやネットワークは自己実現を加速させるものらしい。人を幸せにするものとの事。自分は、不自由を変えるもの、また買えるものと考える。震災時に掲げたⅠではなくWe pray for japan みんなで日本を考え日本の将来を祈る。
これからはネットを駆使し、自分のやっている事に付加価値を加え、自己実現を表現する事がより身近になる時代。その方法を自分は考え、仲間が分かりやすいように噛み砕き、説明をし、それを提供することで売上をあげようと考える。


メッセージ⇒若い世代へ。 シーザダブル株式会社は素直で自分と向き合って悩む若者を受け入れます。そして自分は運が良いと考える人。自己改革がこれから必要になってくる。どんどん世の中の仕組みが変わっている。パラダイムシフトの連続。IPS細胞やSTAP細胞のような世紀の発明も、数年経てばそれをはるかに超えた発明が当然出る。今後不老不死は身近と考える。しかしある人によると、不老不死があってとしても、平均寿命は2000歳らしい。なぜかというと、【自殺】【自害】があるから。
自殺、自害は最大の逃げだ。絶対にいけない。その行動をするくらいなら、とことん逃げればいい。バックレればいい。他人に迷惑をかければいい。自己破産でもすればいい。家入さんは政治家になり、そういう人間を救おうと動いている。コミュニティを作り、そこで人生を問おうとしている。
言ってしまえば、会社も宗教も地元商店街もコミュニティ。どこで心地よく依存できて、自己表現できるかが重要。ネットワークビジネスも立派なコミュニティ。自分は宗教やネットワークビジネスはやっていませんが。

自分も20代、死と向き合ってきた。とことん向き合った。そうすると生にしがみ付く。人の痛みが分かるようになる。悩み悩みぬく事で、ポロっと答えが出るもの。点と点が結びつく30代になり、やっと自分のやりたい事が明確に。そして楽しくなってきた。非常に。
人より秀でた人間になりたいという願望があったが、それは20代に置くことにした。そんな特別感なんかいらない。人生は辛く、儚い。されど素晴らしい。という事を自分の周りに伝えたい。

「厭離穢土欣求浄土」 徳川家康が窮地に立った時、旗印にした言葉。
苦悩の多い穢れたこの世を厭(いと)い離れたいと願い心から欣(よろこ)んで平和な極楽浄土を冀(こいねが)うこと。
自分は徳川家康と同じ両手ますかけ線。家康様と同じように若い世代が安心して暮らせる世の中を作れるように仕掛けを作ろう。